マスターのこと

6年ほどのつきあいのあるマスターがいる。

彼のことをマスターなんて一度も呼んだことはないけど、わかりやすいと思ってここではマスターと表記する。

 

出会いは仙台に住む前の山形時代。

同僚に教えてもらったカフェでコーヒーを淹れていた。

ぱっと見ただけで百戦錬磨のつわものであることがわかった。

外見がプロレスラーとかそういったわけではなく、百戦は肉体ではなく精神のほうを錬磨しているように見えた。

嫁いだ先が山形だったので当然友人は近くにおらず、当時人生のどん底と言わんばかり落ち込んでいた私は日ごろの鬱憤をマスターの洗いざらい話してしまった。

出会って日は浅いけどそういったことを受け止めてくれそうな器にみえたのと、あまり自分のことを知らない人になら話せる状況でもあったからかもしれない。

私の愚痴を面白がってくれたマスターは盛大に笑い飛ばしてくれた。

一番自分のしてほしかったことを知っててくれたみたいに笑い飛ばしてくれた。

それがきっかけか、他のお客さんに私のことを紹介してくれるようになり、そのカフェではなんとなく友達と話すようなテンションでいられるようになった。

 

そんなときマスターが仙台でお店を出すことが決まり、山形を離れる事になった。

残念であったが仕方がない。いつかまた会う日があるといいななんて思っていたら追いかけるような時期に私たちも転勤で仙台に引っ越すことになった。

 

仙台のお店にも顔を出し、たくさんのお客さんに私を紹介してくれた。

「僕のことをわざわざ追いかけてきてくれた山形からのお客さんだよ。」

決まっていつもこれを言う。

「やめてよ!いつもそれ言うんだから。この人の話は話半分で聞いてくださいね」

お店に初めて来たお客さんに私が言う。ここまでがテンプレ。

なんだこれ。この店のご意見番か。

 いつも私のことを面白がってくれるので居心地が良くてついつい行けば長居をしてしまっていた。

 

今回の転勤で仙台を離れることを告げると

「わー!最悪!山形から来た人はお断りにしよ~」

また笑い飛ばされた。でも作業の合間に「さみしくなるな~」とつぶやいてくれたことを知っている。嬉しかった。

 

友達がいないといつも嘆いてた私にお客さんを紹介してくれて、そのさみしさを埋めるきっかけをくれたのは

山形でも仙台でも間違いなくマスターだった。

いつも面白がってくれてありがとう。

面白がってくれるかもしれない話をしこたまため込んでまた遊びに行こうと思う。

 

 

ちびまる子ちゃん

 

「あんたって本当にちびまる子ちゃんだよね。」

 

友人にそう言われたことがある。

昔からちびまる子ちゃんは大好きだったし、小学生のころ「藤木くんがさ~…山根がさ~…」と妹と話しているのを聞いた母は、まじもんのクラスメイトのことだと勘違いしたくらいナチュラルに話をしていたようだ。

ちびまる子ちゃんの世界に私が登場してもいいってことなのだろうか。嬉しいと勝手に思った。

 

だが友人が言いたかったのは私がちびまる子(さくらももこ)に似ているとか、新キャラとして登場とかいうことではなく、私そのものがちびまる子ちゃんという世界観を体現しているということだった。

わたしはまる子であり、たまちゃんであり、藤木くんであり、山根なのだ。

キートン山田といっても過言ではないかもしれない。

 

 

先日までお世話になっていた職場で大変面白い女性の先輩がいた。

明るくフランクで愛のある毒を吐いて仕事をするような人で毒を含めて私は大好きだった。

飲みに行ったときも、たくさんお酒を飲んで姑の愚痴を言いながら「バッキャロー」と隣の人の肩を抱き叫ぶところを見てますます好きになった。

先輩の独壇場の飲み会だったが全然嫌な気分にならない。むしろもっと続けてほしかったので私も「そうだそうだ!」と調子にのって合いの手をいれた。

 

そんな時、夫の転勤が決まり、仕事を退職しなければいけなくなり、先輩のことをもっと知って仲良くなりたかったのに大変残念だった。

でも最終出勤日の休憩中に先輩からのちほど連絡先を教えてほしいと言われた。

普段から連絡先を聞かれることが全然ないため、嬉しくて興奮して「あ!今スマホだします!すぐに!」といって鞄をごそごそしたが

「食事中だからまたあとで」と苦笑いをされた。

嬉しさのあまり身を乗り出してしまった自分が恥ずかしい。

他人との距離の詰め方が下手くそなのがこんなところで出てしまった。

 

先輩とまた飲みに行く機会があったら自分が歩くちびまる子ちゃんと言われたことがあると話してみようと思う。

肩を抱かれて「バッキャロー!」と言われたい。