凍てつきし我が青春の日々㉒

昭和20年1月28日(日)晴 総員起こしと同時に大掃除。昨日で寒稽古も終わり、今日は日曜日だ。午前は双葉山一行の相撲興行が練兵場で行われた。元来相撲はあまり好きではなく、少しも興味もなく、見ておっても寒いばかりで、面白くなった。お陰で午食が大分…

凍てつきし我が青春の日々㉑

昭和20年1月20日(土)曇 昨夜は腹が痛くなって、よく眠れなかった。朝の駆け足は止めようかとも思ったが、我慢して走った。今朝の駆け足は割に楽であったが、坂道を登る時は苦しくて、息が止まりそうである。 事業服が汚れているので洗濯しなければならない…

凍てつきし我が青春の日々⑳

昭和20年1月14日(日)曇 思い掛けもなく引率外出が許された。握り飯四つの弁当を携えて、午前九時半出発、八幡神社に於いて解散。松本一水と行動を共にし、先ず集会所ね行き菓子を買うため、長い行列の後についたが、遂に自分の番まで来ない内に売り切れて…

凍てつきし我が青春の日々⑲

昭和20年1月9日(火)晴 段下のデッキより第五班の者が、我々の居住区である段上に移って来たので、昨晩は通路に吊り床を吊ることになったが、ここには踏み台にしていたテーブルもなく、ホックまで高く、吊り床の吊り輪を掛けるのに苦労したが、今朝の総員起…

凍てつきし我が青春の日⑱

昭和20年1月6日(土)曇時々雪 昨夜は特別に冷えて、寝付かれなかったので、今日は睡眠不足のため眠い。 午後の課業が始まって暫くすると、空襲警報が発令され、練兵場にある防空壕に正午近くまで待避したが、壕の中は暖かくて、なかなか快適である。 今日の…

凍てつきし我が青春の日々⑰

昭和20年1月5日(金)曇 新年宴会 明け方、楽しい夢を見ていたが、何時の間にか起床の時間となっていた。 今日は祭日、海兵団は休業であるが、講習は実施された。非常に寒いので身体がちじかんで、ペンを握る指が冷たく、講義に身が入らない。早く冬が去り、…

凍てつきし我が青春の日々⑯

昭和20年1月4日(木)晴後曇 昨晩は雨が降っていたが、今朝は珍しく晴天である。やはり天気良いと気分まで良い。手に霜焼けが出来て困る。こんなに左手が腫れてしまったのは、今年が初めてである。昨年迄は非常に楽をしていた関係で、今年の冬は特に辛く感じ…

凍てつきし我が青春の日々⑮

昭和20年1月2日(火)曇時々晴 元旦も暮れてはや、二日の朝となった。今朝も雑煮であったが、固い餅が二つ入っており、寂しい限りだ。 今日からはもう平常通り、講義があった。今日も冷えて寒い。講習もあと一カ月余りとなる。何事も辛抱し、一生懸命頑張っ…

凍てつきし我が青春の日々⑭

昭和19年12月30日(土)曇 今年最後の陸戦教練が行われたが、寒いので練兵場に午前中立っているのがなかなか辛い。午後の食事を炊水所へ取りに行ったが、時間が無かったので、余分の飯を貰わないで帰ったところ、飯の量が少ないと卑しいことを上等兵は言う。…

凍てつきし我が青春の日々⑬

昭和19年12月24日(日)曇 相浦まで行軍、午前九時出発、途中眼鏡岩にて休憩、十二時相浦着、午食後解散、集合場所は集会所の前午前四時半までとのことのため、相浦より殆ど走るようにして佐世保に向かったが、足が痛くて、皆に付いて一緒に行くのが苦しかっ…

凍てつきし我が青春の日々⑫

昭和19年12月22日(金)曇時々晴 昨夜は暖かいと思っておったら、夜中に雨が降って来た。御陰で今朝は駆け足がなうて済んだのには助かった。 次第に実務等の講習が多くなって来て、忙しくなる。来週は臨時試験があるが、庶務には一寸閉口する。学生時代は冬…

凍てつきし我が青春の日々⑪

昭和19年12月18日(月)曇(父より来信) 経特には最近種々な事件が起こって困る。各自が緊張しなければならない。 父より手紙が来たが、家も粕屋郡古賀の方へ移った由、田舎へ行ってその生活その他不自由を感じている様である。 先日の被害届の様式が違って…

凍てつきし我が青春の日々⑩

昭和19年12月14日(木)曇 今朝起きると珍しく晴れている。今日は暖かくなるなあと期待しておったところ、一日中どんよりとした寒い日であった。 海軍に入って何よりの楽しみは、寝ることと食べることのみになってしまい、我ながら情けない。娑婆にいる頃は…

凍てつきし我が青春の日々⑨

昭和19年12月11日(月)曇 昨日の入湯外出の者が今朝帰って来るので、少し早めに起きて団門に行き、再び首実検をする。帰団者が多くて、加うるに印象が段々薄れて行くので、発見することができなかった。朝食後先任衛兵伍長と共に、各分隊を廻って調べたが、…

凍てつきし我が青春の日々⑧

昭和19年12月9日(土)曇時々雪 午前四時半総員起こし、五時より第二警戒配備となる。午前の陸戦は庶務と金銭に変更。正午第三配備となる。 今朝は早く起きた故か、座学の時間は眠くてどうにもならなかった。今日は食事当番であったが、大の配食鍋が無くなっ…

凍てつきし我が青春の日々⑦

昭和19年12月7日(木)曇時々晴 寒し 起きると未だ薄暗い。冷たい風が吹いて、手も耳も感覚がなくなつて来そうだ。上半身裸体で駆け足をするが、朝の冷え切った空気をついて走るので、身体が痛い様だ。今朝は五周したので、さすがに疲れた。 月例健康検査が…

凍てつきし我が青春の日々⑥

昭和19年12月5日(火)曇時々晴 寒し(昨日よりもやや暖かい) 今朝は舎外掃除当番であつたので、駆け足はしなくて済んだ。益々寒くなつて来る。軍隊は家庭と違って、寒くても暖かくする方法はない。初めての冬を軍隊で送る。こんな時には家庭が恋しくなるの…

凍てつきし我が青春の日々⑤

昭和19年12月2日(土)曇、小雨 12月に入るとさすがに寒い。急に寒くなつた気がする。軍隊に入つて初めての冬であるので、これからは益々寒くなつて行くのに先が思いやられる。何と言っても足が冷えて冷たいのには困る。応召前であつたら、今頃は火鉢に火を…

凍てつきし我が青春の日々④

今日は午後、防空訓練及び夜間特別訓練があつたので、夜食にお汁粉が出た。入団以来初めての汁粉であつたので、さすがに旨かった。 夜温習日記を書く。千葉、母、弟へ発信。 昭和19年11月29日(水)曇 舎内の掃除当番であったので、今日も駆け足に参加せずに…

凍てつきし我が青春の日々③

昭和19年11月8日(雨) 経理術特技兵講習員として採用され、本日佐世保海兵団へ移る予定。 朝から降り続く雨のため、佐世保行きは中止の模様であったが、夕食後急に生きことになり、出発。講習員38名の一人として佐世保海兵団へ入団した。 昭和19年11月11日…

凍てつきし我が青春の日々②

昭和19年6月10日 海軍兵籍番号発表。佐二補水9719号。 昭和19年6月11日 針尾海兵団付きを命じられる。 長崎県東彼杵郡(南風崎局内) 針尾開閉団第9719号。 昭和19年6月15日 生まれて初めて60キロの米俵を担いで約500メートル運ぶ。背中が圧迫され、腰がふら…

凍てつきし我が青春の日々①

先日祖父が亡くなった。亡くなったら絶対にほしいものがあった。 それは祖父が戦争の時につけていた手記である。 何年か前90代のあるじいさんがかいた絵日記が出版されて話題になった。それを私の祖父にプレゼントすると自分のは絵はないが戦争のとき日記を…

SS書きます

今日は遠距離恋愛中の恋人と久々のデートだ。ワカコははやる気持ちを抑えられなかった。彼氏のトシアキは去年からのUターン就職で東北に帰ってしまい、東北東京間で遠距離をしてから1年はたつ。仕事とお金の都合をつけ月に1回は会えるようにしていた。集合場…

サウンドトラックについてのはずが着地点が無職という話

音楽が好きだ。 学生の時の授業も好きだしJ-POPや歌謡曲も好きだ。洋楽はてんで疎いがビートルsズとYESなら1枚ずつCDを持っている。 フェスによく行ってた時期もあり、週2で同じバンドのライブにも通っていた時期もあった。 ただ今回はサウンドト…

無題(後編)

namidamenoo.hatenablog.com この出来事から翌日足袋の火葬に向かった。 着いたペット霊園はがらんとしていて寂しい雰囲気の場所だった。 悪天候の中私たちは傘をさす。そこへ和尚の車がやってきた。 車から降りてきた和尚を見て驚愕した。角刈りに色のつい…

無題(前編)

夫の実家の猫が死んだ。 母息子の二匹いて死んでしまったのは息子の方だ。 前足が白いので名前は足袋という。私は10年ほど前からこの足袋を知っていた。人懐っこく優しく身体の大きい猫だった。訳あって2年ほど前からご近所さんに足袋だけ引き取られ暮らして…

水風呂と私

銭湯にいっても水風呂なんてだれが入るねんと毎回スルーしていた。しかしこの記事を見てから水風呂いいかも…と思うようになる。 ure.pia.co.jp お風呂と水風呂交互に入るとめっちゃええで~~的なことを書いておられる。 当時は銭湯に行く機会もそれほどなく…

映画夜は短し歩けよ乙女

きっかけは2010年ノイタミナで放送された「四畳半神話大系」というアニメだ。 深夜車で学生のころの友人の家に遊びに行き、私たちは社会人になったアレコレを楽しくおしゃべりをしていた。テレビはBGM程度につけっぱなしになっておりだれもみていなか…

お飲み物

「麻婆豆腐は飲み物です」 こんな感じのタイトルのブログを若槻千夏がやっていたと思う。ブログこそ読んだことはなかったが、このタイトルには強く同意したのを覚えている。 せっかちな性格なので食べるのが早い。 だいたいの食べ物は数回ほどの咀嚼後飲み込…

マスターのこと

6年ほどのつきあいのあるマスターがいる。 彼のことをマスターなんて一度も呼んだことはないけど、わかりやすいと思ってここではマスターと表記する。 出会いは仙台に住む前の山形時代。 同僚に教えてもらったカフェでコーヒーを淹れていた。 ぱっと見ただ…