数年前くらいに知り合って、そこから仲良くなった人のことを「あーた」と呼ぶ癖が私にはあります。ここでもあーたのことは「あーた」と呼ばせてもらいますね。
あーたと仲良くなったきっかけは、4年前の6月に突然TwitterのDMをくれたことに始まりました。私のブログがよかったことを長文で熱をもって伝えてくれました。
ブログは大学生の頃からブログプラットフォームを何度か変え、のろのろ更新しているものでした。大学の友達やバイト先の友達など、私のひととなりを実際に知っている一部の人が、面白がって読んでくれるくれているものだったのに外の世界の人から突然好意的な感想を、しかも長文で伝えてくれてとても嬉しかったことを今でも覚えています。
DMでどんな本が面白かったか、お互いTwitterには記載していなかった自己紹介的なことや、一緒にしてみたいことを長文でやりとりしました。
あーたがiPadを購入したことをきっかけに、一緒に落書きしながら通話しようと提案したら、すぐ受け入れてくれて、やりとりはDMからLINEに移ります。
通話は初回で4時間半も喋ってました。でもあっという間だったな。
最初は落書きしながら話してたけど、だんだん話すことに夢中になって手は止まっていたと思います。
お互いよく聞いていたラジオ、「おいでよクリエイティブ」水曜日のコーナーの哲学対話や読書会を真似してやってみたこともありましたね。哲学対話のテーマは「上品とはなにか」読書会は太田光の「笑って人類」をやりました。ほかにも数冊。
笑って人類は辞書くらい分厚いのに、1ページ2段で組まれていて読書会を設定していなかったら間違いなく最後まで読めなかったと思います。
ずっとやってみたいことをやれる相手と出会えたこと、そして実際にできたこと、こんなに嬉しいことはありませんでした。
そのほかにも、「このツイみた?」「このドラマみた?」「ちいかわのあれってさ」「あの本面白かったよ」などなどコンテンツのあれこれを共有し、何を考えたか言い合ったりしました。
私は複数の人と話しているときに、ちょっとズレた発言をしてしまう自覚があり、その場を空気を壊してしまうことを恐れていました。そのせいで誰かが怒り出すことはなかったと思うけど、これまでの会話のテンポ感がくずれることが嫌だったのです。
でもあーたはそのズレをかなり面白がってくれて、私は本当に嬉しかったです。というかそのズレの部分をブログを読んだ段階で察知し、仲良くなってくれたのです。そしてあーたもズレた感性を持っていて、本当にそこが面白くて愛せる!と思っていました。
インターネットの友達から仲のいい友達になり、最終的にあーたのことを私は大親友だと思っていて、でも恥ずかしいから大親友だよなんて伝えたことはなかったです。こうして文章の中に大親友と入力するたびに心の中でも「大親友」とつぶやくんだけど、やっぱり恥ずかしくて、心の中のイントネーションは湘南乃風の純恋歌のAメロアタマの「大親友」と同じイントネーションでつぶやいています。もし私たちが中学生から友達だったら「うちら大親友」とか落書きしたプリクラを見て、ああお互いに大親友と認識した世界もあったかもしれません。
ある日、「てぃーかわみた?」とLINEを送って既読が数日つかなくなり不安になりました。
LINEを送って返事がこなかったことがなかったからです。前にTwitterの更新がなくて心配でLINEしたときはすぐに返ってきたからとても不安でした。
あーたかあーたの配偶者の身になにかあったのではないかと心配でした。
明日で送ってから1週間だから、明日も連絡なかったら電話しよう。つながらなかったら手紙を書こうとしていた矢先、仕事中にLINE通話の着信がありました。画面にはあーたの名前が出ています。震えました。
「ちょっと入院しててさ」みたいなことを言ってほしい、祈るような気持ちで通話に応じると、相手は男性の声でした。もうその瞬間全部察してしまったというか、全部つながってしまいました。あーたの配偶者Tさんからからあーたの訃報を聞きました。文章で連絡をくれることも可能だったのに、わざわざ電話連絡をくれたうえに、連絡が葬儀後になってしまったことを謝ってくれました。あーたのスマホのロック解除に時間がかかってしまったとのことでした。連絡は葬儀後すぐにくれたそうで、めちゃくちゃ忙しいときに私を気遣う言葉までくれて、とても誠実な人だと思いました。私たちには共通の友人がいません。でも普段からTさんに私の話をしていてくれたからこうやって連絡がもらえてよかったと思いました。
通話を終えたあと、職場でどう過ごしたかあまり記憶にありません。早く家に帰りたかったのと、とにかく落ち着かなきゃ、泣かないようにしなきゃと思いながら、会社に設置してある、給茶機で白湯を飲んだことは覚えています。
偶然にもあーたは以前私の今の職場と同じビルで働いたことがあると言っていました。そのとき給茶機のお茶を飲みまくったとも。白湯は飲んだことありましたか?
帰りの電車の中ではもうすでに泣いてました。家について声を出してさらに泣きました。でも身体は湿気でべとべとだったのですぐに着替えたくて、泣きながら服を脱ぎました。下着姿になって靴下を脱いでいるとき、なんか急に客観的に自分を見てしまって、背中丸めて靴下を脱いで声出しながら泣いてる姿が滑稽だなと思いました。もしも全然別のことで泣いていて、同じように服を脱いでいたときに笑っちゃった話を、あーたにして笑ってもらいたいとそのとき思いました。
Tさんは気持ちが落ち着いたらいつでもお線香をあげにぜひ家に来てくださいと言ってくれたのに、私は訃報を聞いた次の日あーたのおうちへ行くことを決めました。だって早く会いたかったから。
Tさんの迷惑になるかもしれないとも思いましたが、快く受け入れてくれて本当に感謝しながらあーたの家へ向かいました。
あーたの家に行くのは2回目です。1回目は私が東京に引っ越してきて涼しくなったころ、おうちに呼んでくれてCOCOONの映画を一緒に見たり、Vlogのユーチューバーについてあーだこうだ話したりしましたね。
まさか2回目行くときにはあーたがいないなんてそのときは思ってもいませんでした。
その日の天気はくもりのち雨だったので、夫のお気に入りの傘を借りて向かいました。傘の柄は11ぴきのねこです。あーたなら喜んでくれるなと思いました。11ぴきのねこやぼのぼのが大好きだったもんね。
最寄り駅について、歩いておうちに向かうとき雨が降っていたのでその傘をさしました。この道中あーたと一緒に歩いたのにな、とすでに涙目になっていました。そのとき気づきました。
この傘なんかめちゃくちゃ臭いな。傘が臭いって服が臭いのと同じで臭さがずっと自分と併走するんだと。泣いているのに笑いそうになりました。そのときもまたこのエピソードをあーたに話したいと思いさらに泣きました。
おうちにお邪魔して、遺影を見てお線香をあげても実感は沸かなかったです。遺影の写真とてもかわいかったよ。あーたの配偶者Tさんとはこの日が初対面でした。でもめちゃくちゃ話しやすくて驚きました。もちろんTさんが素敵な人だからということは間違いないけど、Tさんと私が共通で最高に好きだったおもしれー女、あーたがいたからだよなと思いました。そらそうなんだけどあーたの話で持ちきりで、お互いどんな話をしたかとか、こういうところほんとおもしれー女でしたね、なんて話してたらあっという間に2時間近くたっていました。しんみりしちゃった時もあったけど、結構笑っている時間もあったと思います。
Tさんがあーたが書いていたエンディングノートの一部を見せてくれました。そんな大切なものいいのかなと思いましたが、自分の死後連絡してほしい人リストの一番下になんと私の名前があってすごく驚きました。その部分を見せてくれました。Tさんから、3年ほど前に急に思い立ってあーたが書き始めたと聞きました。せっかちだからさって笑ってました。私と知り合って1年でそこに私の名前を書いてくれていたのか。本当に嬉しかった。あー大親友って思ってたの私だけじゃなかったんだって。
訃報を聞いた日、図書館から予約していた本の準備ができたと通知が来ました。その本は「これがんこちゃん好きそうだよ」とあーたが薦めてくれたものです。
作家の高瀬準子がよくえがく、身体的描写が好きなんだよねと私が前に話したことを覚えていてくれて、ヒコロヒーの「黙って喋って」にも似たような描写があったよと。4月にそのことを教えてくれて、すぐ図書館で予約したら45人待ちだすごいやなんてやりとりをLINEしててさ、まさかこんな日に届くと思わなくて、読んでも感想を伝えられない寂しさにまた泣いたよ。そのあとすぐ大島育宙の本も図書館に届いてさ。おーしまの話もしょっちゅう一緒に話したよね。もう本の感想言い合えないの、寂しいな。お互いの読んで面白かったものや、印象に残ったものを薦めあって、感想を言い合えたのは本当に嬉しいことだったな。
しばらく家に帰ってすぐ缶ビールを開け、台所の作業台に手をついてうつむいて泣く日が続きました。うつむいて泣くから涙の粒が足下に落ちたとき、小さい目からこんなにでかい涙の粒って出てくるんだなってぼんやり考えました。頭の中は寂しい気持ちでいっぱいなのに、そのときのことを思い出すとこの涙の粒が足下に落ちている光景が強く浮かびます。先に夫が帰ってきている日はなんとなく台所で泣けないのでお風呂で泣く。私は泣くと目が本当に腫れてキテレツ大百科の勉三の目をいつも思い出します。
「33」この目についても話したかった~
あまりに生活の話もたくさんしてきたので、日々の暮らしの中で「この話あーたとしたな」とか「これあーた好きそうだな」とか思ってしまいます。
ミスドを見かければイーストドーナッツとあーたに思いを馳せ、スーパーでフジパンの生セレクションを見ればこれもあーたが教えてくれたなとか、デイリーヤマザキを見かければあーた行ってたなとか。来年の夏、半袖のYシャツを着ているサラリーマンを見かけたとき、あーたを思い出すと思います、きっと。
デイリーヤマザキは縁がなくてしばらくいけてなかったんだけど、この間職場の最寄り駅周辺で見かけてたまげました。一人で歩いているとき、まだまだあーたのことを考えがちなんだけど、そのタイミングでデイリーヤマザキがぬっと現れてすぐ入りました。話してたBIGリングドーナツ買ったよ。
LINEを遡って読み返してみたけど、そのやりとりは繰り返し読みたくなる面白い読み物ランキング1位です。何度も吹き出すやりとりがありました。あとあーたアラレちゃんに出てきそうなメガネかけたうんちのスタンプ使いすぎ。どんだけブームだったんだよ。でもおしりとうんちについても熱く話し合ったことがあったね。おしりとうんちについて熱く話せる友達は私には他にいません。4年間のLINEのやりとりはとても多く、2025年11月まで読みましたが、もうすぐ最新にたどり着いちゃうと思うと寂しくてペースをわざと遅らせています。まだ最後まで読み切っていません。
最後に私が送ったLINEは「てぃーかわみた?」でした。
「てぃーかわ」はちいかわではなく、ドラマ「Tシャツが乾くまで」の方です。1話おもろいよねえって感想言い合って、その時点であーたはマツケンの免許証について言及していて、マツケンではなく蒼井優の免許証についてそのとき話したかったくて送った「てぃーかわみた?」でした。今思えば「てぃーかわみた?」って送った日、あーたがなくなった日じゃん。あーた最終回見れてないじゃん。てかあーたまで夏帆になることなくない?最終回はあーたの分もみるぞと意気込んで姿勢良く見たけど、あんまり内容が頭に入ってこなかったかも。今まで同級生が亡くなってしまったことがあって、とてもショックだったけど物理的にも距離は離れていたせいか、なんで!?とは思うことはなかったのに、あーたのときは「なんで?!」って怒りみたいな憤りみたいなよくわからない気持ちが出てきてびっくりした。その憤りはもう誰に向いてるのかもよくわからないんだよね。自分が楽しい嬉しいみたいな感情は間違いなく自分が感じているとその場でわかるんだけど、悲しいとか怒りとか負方面の感情についてはいつも鈍感で「これ怒っていいのかしら」なんて首をかしげてしまうんだけど、今回寂しいと思う気持ちは間違いなく今自分が感じているとわかる。今寂しいと思っているんだなってわかる。当たり前の話すぎて笑っちゃうね。
最後のLINEのやりとりで私は愚痴をこぼしていました。人に愚痴を話すとき、ある程度パッケージしてからじゃなきゃ話せないんだけど、あーたには生(き)の愚痴をそのとき言えました。聞いてくれて気持ちの整理ができたんだよ。ありがとう。でもまさかそれが最後になるとは思ってなかったからもっとしょうもない話すればよかったなとも思う。うんちのスタンプおくれよ。
今でも毎日新鮮に朝起きたときあーたのいない世界じゃんとか思うんだけど、それでも私の生活は続くんだよね。
あーたが死んじゃって私はどん底でも日常は同じように続いて、私の職場の人はあーたが死んじゃったことを知らない。職場で隣の席の人、あーたとは無関係。私たちに共通の友達がいないからあーたが死んじゃったことを共有する人は近くにいない。それって私が突然あーたがいないパラレルワールドに来た気持ちになる。ちょっとドラえもんの独裁スイッチっぽいなって思う。
ドラえもんと言えば映画の「絵世界物語」を見て私が長文の感想をあーたに送って見てほしいとつたえたとき、すぐに見に行って長文の感想をくれたね。他にもフォレスト見たときもすぐに見てくれたよね。あれもすごく嬉しかったな。
あーたがいないとスマホ鳴ることが本当になくてさ、広告か夫の帰ります連絡のみでほぼスマホは「……」の吹き出しついてるわ。あーたのイラストの物に「……」の吹き出しついてるのかなり好きだったな。これは普段自分からほぼ友達に連絡しないツケを実感したね。でも相手から連絡がくることだけが友達関係とは思ってなくて、あーたのいない寂しさと「……」の吹き出しイラストをより思い出しちゃうって話。
夫の帰ります連絡といえば、夫は私とのLINEにスタンプ使わない人だったんだけど最近おんねこのスタンプ手に入れて使いまくってくるよ。

絶妙なスタンプばっかだからこれも見せたかったな。おんねこの作者が話題になったとき、その作者が大長編の婚活漫画描いてたじゃん。あれ一日で読んだって聞いたとき爆笑しちゃって、そのとき初めて変な女だな~って思ったこと思い出したわ。
あーたのツイが見れなくて寂しいし、私のツイにいいねがもうつかないことが寂しい。LINEですぐあれ見た?と送っても二度と返事が来ないことが寂しい。そしてもう会えないことが何よりも寂しいよ。「がんこちゃんはさ~」って話しかけてくれる声、全然脳内で再生できる。ささいなニュアンスすら忘れたくないよ。忘れないよ。あのときDMくれて本当にありがとう。大人なってからこんなに仲良くなれる友達ができるなんて思ってなかった。
やっぱ最近はかなり堪えてたみたいで、飲み会とか、ゲームしてるときとかいつもより何割か増してブチ上がってる自覚があってさ、会社の人に「がんこちゃんて飲むと愉快な人なんですね」なんて言われちゃってさ。そういう楽しい場のときあーたのこと考えないからあとから思い返したとき、あーんなにゲラゲラ笑ってたのに次の日はシクシク泣いて、飲んだ後の反動が普段よりでかくて情緒やばすぎとか思ってさ。でも私には必要なゲラゲラ笑う時間だったし、緊急避難先みたいな感じだった。飲みすぎたり夜更かししたり脳と身体にはよくないことなのはわかっているんだけどね。たまにはいいよね。そしてそれに関わってくれた人たちにも勝手に感謝しちゃうんだよね。
これからもあーたみたいに毎週図書館に通ってたくさん本読んで、たまに感想をブログに書いて、褒めてくれた有名人の似顔絵アカウントも更新して、たまに漫画も描いて、面白かったことを細々残していくよ。あーたが喜んでくれたなってことを思い出しながらね。インターネット電波の乗ってなんか不思議な現象が起きて、あーたに届いてればいいな~なんてぼんやり思いながら。
仲良くしてくれて本当にありがとう。