あーたへ

数年前くらいに知り合って、そこから仲良くなった人のことを「あーた」と呼ぶ癖が私にはあります。ここでもあーたのことは「あーた」と呼ばせてもらいますね。

 

あーたと仲良くなったきっかけは、4年前の6月に突然TwitterのDMをくれたことに始まりました。私のブログがよかったことを長文で熱をもって伝えてくれました。

ブログは大学生の頃からブログプラットフォームを何度か変え、のろのろ更新しているものでした。大学の友達やバイト先の友達など、私のひととなりを実際に知っている一部の人が、面白がって読んでくれるくれているものだったのに外の世界の人から突然好意的な感想を、しかも長文で伝えてくれてとても嬉しかったことを今でも覚えています。

DMでどんな本が面白かったか、お互いTwitterには記載していなかった自己紹介的なことや、一緒にしてみたいことを長文でやりとりしました。

 

あーたがiPadを購入したことをきっかけに、一緒に落書きしながら通話しようと提案したら、すぐ受け入れてくれて、やりとりはDMからLINEに移ります。

通話は初回で4時間半も喋ってました。でもあっという間だったな。

最初は落書きしながら話してたけど、だんだん話すことに夢中になって手は止まっていたと思います。

 

お互いよく聞いていたラジオ、「おいでよクリエイティブ」水曜日のコーナーの哲学対話や読書会を真似してやってみたこともありましたね。哲学対話のテーマは「上品とはなにか」読書会は太田光の「笑って人類」をやりました。ほかにも数冊。

笑って人類は辞書くらい分厚いのに、1ページ2段で組まれていて読書会を設定していなかったら間違いなく最後まで読めなかったと思います。

ずっとやってみたいことをやれる相手と出会えたこと、そして実際にできたこと、こんなに嬉しいことはありませんでした。

そのほかにも、「このツイみた?」「このドラマみた?」「ちいかわのあれってさ」「あの本面白かったよ」などなどコンテンツのあれこれを共有し、何を考えたか言い合ったりしました。

 

私は複数の人と話しているときに、ちょっとズレた発言をしてしまう自覚があり、その場を空気を壊してしまうことを恐れていました。そのせいで誰かが怒り出すことはなかったと思うけど、これまでの会話のテンポ感がくずれることが嫌だったのです。

でもあーたはそのズレをかなり面白がってくれて、私は本当に嬉しかったです。というかそのズレの部分をブログを読んだ段階で察知し、仲良くなってくれたのです。そしてあーたもズレた感性を持っていて、本当にそこが面白くて愛せる!と思っていました。

 

インターネットの友達から仲のいい友達になり、最終的にあーたのことを私は大親友だと思っていて、でも恥ずかしいから大親友だよなんて伝えたことはなかったです。こうして文章の中に大親友と入力するたびに心の中でも「大親友」とつぶやくんだけど、やっぱり恥ずかしくて、心の中のイントネーションは湘南乃風の純恋歌のAメロアタマの「大親友」と同じイントネーションでつぶやいています。もし私たちが中学生から友達だったら「うちら大親友」とか落書きしたプリクラを見て、ああお互いに大親友と認識した世界もあったかもしれません。

 

ある日、「てぃーかわみた?」とLINEを送って既読が数日つかなくなり不安になりました。

LINEを送って返事がこなかったことがなかったからです。前にTwitterの更新がなくて心配でLINEしたときはすぐに返ってきたからとても不安でした。

あーたかあーたの配偶者の身になにかあったのではないかと心配でした。

明日で送ってから1週間だから、明日も連絡なかったら電話しよう。つながらなかったら手紙を書こうとしていた矢先、仕事中にLINE通話の着信がありました。画面にはあーたの名前が出ています。震えました。

「ちょっと入院しててさ」みたいなことを言ってほしい、祈るような気持ちで通話に応じると、相手は男性の声でした。もうその瞬間全部察してしまったというか、全部つながってしまいました。あーたの配偶者Tさんからからあーたの訃報を聞きました。文章で連絡をくれることも可能だったのに、わざわざ電話連絡をくれたうえに、連絡が葬儀後になってしまったことを謝ってくれました。あーたのスマホのロック解除に時間がかかってしまったとのことでした。連絡は葬儀後すぐにくれたそうで、めちゃくちゃ忙しいときに私を気遣う言葉までくれて、とても誠実な人だと思いました。私たちには共通の友人がいません。でも普段からTさんに私の話をしていてくれたからこうやって連絡がもらえてよかったと思いました。

 

通話を終えたあと、職場でどう過ごしたかあまり記憶にありません。早く家に帰りたかったのと、とにかく落ち着かなきゃ、泣かないようにしなきゃと思いながら、会社に設置してある、給茶機で白湯を飲んだことは覚えています。

偶然にもあーたは以前私の今の職場と同じビルで働いたことがあると言っていました。そのとき給茶機のお茶を飲みまくったとも。白湯は飲んだことありましたか?

 

帰りの電車の中ではもうすでに泣いてました。家について声を出してさらに泣きました。でも身体は湿気でべとべとだったのですぐに着替えたくて、泣きながら服を脱ぎました。下着姿になって靴下を脱いでいるとき、なんか急に客観的に自分を見てしまって、背中丸めて靴下を脱いで声出しながら泣いてる姿が滑稽だなと思いました。もしも全然別のことで泣いていて、同じように服を脱いでいたときに笑っちゃった話を、あーたにして笑ってもらいたいとそのとき思いました。

 

Tさんは気持ちが落ち着いたらいつでもお線香をあげにぜひ家に来てくださいと言ってくれたのに、私は訃報を聞いた次の日あーたのおうちへ行くことを決めました。だって早く会いたかったから。

Tさんの迷惑になるかもしれないとも思いましたが、快く受け入れてくれて本当に感謝しながらあーたの家へ向かいました。

あーたの家に行くのは2回目です。1回目は私が東京に引っ越してきて涼しくなったころ、おうちに呼んでくれてCOCOONの映画を一緒に見たり、Vlogのユーチューバーについてあーだこうだ話したりしましたね。

まさか2回目行くときにはあーたがいないなんてそのときは思ってもいませんでした。

その日の天気はくもりのち雨だったので、夫のお気に入りの傘を借りて向かいました。傘の柄は11ぴきのねこです。あーたなら喜んでくれるなと思いました。11ぴきのねこやぼのぼのが大好きだったもんね。

最寄り駅について、歩いておうちに向かうとき雨が降っていたのでその傘をさしました。この道中あーたと一緒に歩いたのにな、とすでに涙目になっていました。そのとき気づきました。

この傘なんかめちゃくちゃ臭いな。傘が臭いって服が臭いのと同じで臭さがずっと自分と併走するんだと。泣いているのに笑いそうになりました。そのときもまたこのエピソードをあーたに話したいと思いさらに泣きました。

 

おうちにお邪魔して、遺影を見てお線香をあげても実感は沸かなかったです。遺影の写真とてもかわいかったよ。あーたの配偶者Tさんとはこの日が初対面でした。でもめちゃくちゃ話しやすくて驚きました。もちろんTさんが素敵な人だからということは間違いないけど、Tさんと私が共通で最高に好きだったおもしれー女、あーたがいたからだよなと思いました。そらそうなんだけどあーたの話で持ちきりで、お互いどんな話をしたかとか、こういうところほんとおもしれー女でしたね、なんて話してたらあっという間に2時間近くたっていました。しんみりしちゃった時もあったけど、結構笑っている時間もあったと思います。

Tさんがあーたが書いていたエンディングノートの一部を見せてくれました。そんな大切なものいいのかなと思いましたが、自分の死後連絡してほしい人リストの一番下になんと私の名前があってすごく驚きました。その部分を見せてくれました。Tさんから、3年ほど前に急に思い立ってあーたが書き始めたと聞きました。せっかちだからさって笑ってました。私と知り合って1年でそこに私の名前を書いてくれていたのか。本当に嬉しかった。あー大親友って思ってたの私だけじゃなかったんだって。

 

訃報を聞いた日、図書館から予約していた本の準備ができたと通知が来ました。その本は「これがんこちゃん好きそうだよ」とあーたが薦めてくれたものです。

作家の高瀬準子がよくえがく、身体的描写が好きなんだよねと私が前に話したことを覚えていてくれて、ヒコロヒーの「黙って喋って」にも似たような描写があったよと。4月にそのことを教えてくれて、すぐ図書館で予約したら45人待ちだすごいやなんてやりとりをLINEしててさ、まさかこんな日に届くと思わなくて、読んでも感想を伝えられない寂しさにまた泣いたよ。そのあとすぐ大島育宙の本も図書館に届いてさ。おーしまの話もしょっちゅう一緒に話したよね。もう本の感想言い合えないの、寂しいな。お互いの読んで面白かったものや、印象に残ったものを薦めあって、感想を言い合えたのは本当に嬉しいことだったな。

 

しばらく家に帰ってすぐ缶ビールを開け、台所の作業台に手をついてうつむいて泣く日が続きました。うつむいて泣くから涙の粒が足下に落ちたとき、小さい目からこんなにでかい涙の粒って出てくるんだなってぼんやり考えました。頭の中は寂しい気持ちでいっぱいなのに、そのときのことを思い出すとこの涙の粒が足下に落ちている光景が強く浮かびます。先に夫が帰ってきている日はなんとなく台所で泣けないのでお風呂で泣く。私は泣くと目が本当に腫れてキテレツ大百科の勉三の目をいつも思い出します。

「33」この目についても話したかった~

 

あまりに生活の話もたくさんしてきたので、日々の暮らしの中で「この話あーたとしたな」とか「これあーた好きそうだな」とか思ってしまいます。

ミスドを見かければイーストドーナッツとあーたに思いを馳せ、スーパーでフジパンの生セレクションを見ればこれもあーたが教えてくれたなとか、デイリーヤマザキを見かければあーた行ってたなとか。来年の夏、半袖のYシャツを着ているサラリーマンを見かけたとき、あーたを思い出すと思います、きっと。

デイリーヤマザキは縁がなくてしばらくいけてなかったんだけど、この間職場の最寄り駅周辺で見かけてたまげました。一人で歩いているとき、まだまだあーたのことを考えがちなんだけど、そのタイミングでデイリーヤマザキがぬっと現れてすぐ入りました。話してたBIGリングドーナツ買ったよ。

 

LINEを遡って読み返してみたけど、そのやりとりは繰り返し読みたくなる面白い読み物ランキング1位です。何度も吹き出すやりとりがありました。あとあーたアラレちゃんに出てきそうなメガネかけたうんちのスタンプ使いすぎ。どんだけブームだったんだよ。でもおしりとうんちについても熱く話し合ったことがあったね。おしりとうんちについて熱く話せる友達は私には他にいません。4年間のLINEのやりとりはとても多く、2025年11月まで読みましたが、もうすぐ最新にたどり着いちゃうと思うと寂しくてペースをわざと遅らせています。まだ最後まで読み切っていません。

最後に私が送ったLINEは「てぃーかわみた?」でした。

「てぃーかわ」はちいかわではなく、ドラマ「Tシャツが乾くまで」の方です。1話おもろいよねえって感想言い合って、その時点であーたはマツケンの免許証について言及していて、マツケンではなく蒼井優の免許証についてそのとき話したかったくて送った「てぃーかわみた?」でした。今思えば「てぃーかわみた?」って送った日、あーたがなくなった日じゃん。あーた最終回見れてないじゃん。てかあーたまで夏帆になることなくない?最終回はあーたの分もみるぞと意気込んで姿勢良く見たけど、あんまり内容が頭に入ってこなかったかも。今まで同級生が亡くなってしまったことがあって、とてもショックだったけど物理的にも距離は離れていたせいか、なんで!?とは思うことはなかったのに、あーたのときは「なんで?!」って怒りみたいな憤りみたいなよくわからない気持ちが出てきてびっくりした。その憤りはもう誰に向いてるのかもよくわからないんだよね。自分が楽しい嬉しいみたいな感情は間違いなく自分が感じているとその場でわかるんだけど、悲しいとか怒りとか負方面の感情についてはいつも鈍感で「これ怒っていいのかしら」なんて首をかしげてしまうんだけど、今回寂しいと思う気持ちは間違いなく今自分が感じているとわかる。今寂しいと思っているんだなってわかる。当たり前の話すぎて笑っちゃうね。

 

最後のLINEのやりとりで私は愚痴をこぼしていました。人に愚痴を話すとき、ある程度パッケージしてからじゃなきゃ話せないんだけど、あーたには生(き)の愚痴をそのとき言えました。聞いてくれて気持ちの整理ができたんだよ。ありがとう。でもまさかそれが最後になるとは思ってなかったからもっとしょうもない話すればよかったなとも思う。うんちのスタンプおくれよ。

今でも毎日新鮮に朝起きたときあーたのいない世界じゃんとか思うんだけど、それでも私の生活は続くんだよね。

あーたが死んじゃって私はどん底でも日常は同じように続いて、私の職場の人はあーたが死んじゃったことを知らない。職場で隣の席の人、あーたとは無関係。私たちに共通の友達がいないからあーたが死んじゃったことを共有する人は近くにいない。それって私が突然あーたがいないパラレルワールドに来た気持ちになる。ちょっとドラえもんの独裁スイッチっぽいなって思う。

ドラえもんと言えば映画の「絵世界物語」を見て私が長文の感想をあーたに送って見てほしいとつたえたとき、すぐに見に行って長文の感想をくれたね。他にもフォレスト見たときもすぐに見てくれたよね。あれもすごく嬉しかったな。

 

あーたがいないとスマホ鳴ることが本当になくてさ、広告か夫の帰ります連絡のみでほぼスマホは「……」の吹き出しついてるわ。あーたのイラストの物に「……」の吹き出しついてるのかなり好きだったな。これは普段自分からほぼ友達に連絡しないツケを実感したね。でも相手から連絡がくることだけが友達関係とは思ってなくて、あーたのいない寂しさと「……」の吹き出しイラストをより思い出しちゃうって話。

夫の帰ります連絡といえば、夫は私とのLINEにスタンプ使わない人だったんだけど最近おんねこのスタンプ手に入れて使いまくってくるよ。


絶妙なスタンプばっかだからこれも見せたかったな。おんねこの作者が話題になったとき、その作者が大長編の婚活漫画描いてたじゃん。あれ一日で読んだって聞いたとき爆笑しちゃって、そのとき初めて変な女だな~って思ったこと思い出したわ。

 

 

あーたのツイが見れなくて寂しいし、私のツイにいいねがもうつかないことが寂しい。LINEですぐあれ見た?と送っても二度と返事が来ないことが寂しい。そしてもう会えないことが何よりも寂しいよ。「がんこちゃんはさ~」って話しかけてくれる声、全然脳内で再生できる。ささいなニュアンスすら忘れたくないよ。忘れないよ。あのときDMくれて本当にありがとう。大人なってからこんなに仲良くなれる友達ができるなんて思ってなかった。

 

やっぱ最近はかなり堪えてたみたいで、飲み会とか、ゲームしてるときとかいつもより何割か増してブチ上がってる自覚があってさ、会社の人に「がんこちゃんて飲むと愉快な人なんですね」なんて言われちゃってさ。そういう楽しい場のときあーたのこと考えないからあとから思い返したとき、あーんなにゲラゲラ笑ってたのに次の日はシクシク泣いて、飲んだ後の反動が普段よりでかくて情緒やばすぎとか思ってさ。でも私には必要なゲラゲラ笑う時間だったし、緊急避難先みたいな感じだった。飲みすぎたり夜更かししたり脳と身体にはよくないことなのはわかっているんだけどね。たまにはいいよね。そしてそれに関わってくれた人たちにも勝手に感謝しちゃうんだよね。

 

これからもあーたみたいに毎週図書館に通ってたくさん本読んで、たまに感想をブログに書いて、褒めてくれた有名人の似顔絵アカウントも更新して、たまに漫画も描いて、面白かったことを細々残していくよ。あーたが喜んでくれたなってことを思い出しながらね。インターネット電波の乗ってなんか不思議な現象が起きて、あーたに届いてればいいな~なんてぼんやり思いながら。

仲良くしてくれて本当にありがとう。

 

こだまさんいりえさんの北千住イベントに行ったんだが

こだまさんいりえさんの往復書簡「虫の時間」の書籍化イベントに行った。

 

まず本を読んだ感想は、2人のトーンな同じ感じがして2人のいる心理的なエリアが結構同じでは?と思った。

イベントの会場はハローワークが入ってる謎のビルの会議室の一角で行われたイベントだった。

このビルには雇用保険受給にあたりお世話になった。私には馴染み深いビルである。

こだまさんのイベントって何箇所か行ってるけどマイクなかったのって初めてじゃない?

結構ずっと変やな〜(いい意味で)って思うくらい登壇者と観客の距離が物理的にも心理的にも近いイベントだった。本の2人の距離感と同じじゃんとか思った。

 

いりえさんのすごいなって思ったとこは

虫の時間の書籍の中ずーーーっとフラットだったところだなって思う。

どこいってもやっていける人ってこういう人だなって脳天ぶち抜かれた気がした。

私はいりえさんがたくさん所持していて、それぞれを紐づけていない全アカウントを知る機会はないけれど、全アカウントでぶっちぎって欲しいって思った。

あとこだまさんのねこの話が聞けたのが心底嬉しかった。ありがとうございます。

 

ここからは写真をはります

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なんか突然発生した写真撮影のコーナーで撮った写真。このタイミングが1番変だった。

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こだまさんが書いたリスのアクキー。何もつけていなかった通勤リュックにつけた

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たくさんもらったお土産と自宅にいつもいるかめ。好きな作家のイベント行って好きな作家の手作りコースターもらえるなんてことこの世にあんのか?あったんだよ。

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虫のシールももらったから買い換えたばかりの冷蔵庫にはった。ここには我が家の一軍しかいないよ。

 

こだまさんといりえさんの創作の話聞いてると自分も書いてみたくなったな。

iPad腐り果ててるから使わないとあかん。

でもポメラも欲しくなった。

 

好きな作家のイベント行けてふつーに家に帰って来れるなんて東京ってやっぱさいこー

けんちゃんの感想

 思い浮かべることって楽し~~い。

 妄想想像は言わずもがな、お菓子のパッケージやこの芸人はどこの事務所所属かとか。思い浮かべたことが正解かどうかはあまり重要じゃない。ただ思い浮かべるだけで楽しいのだ。

 

 短編連作は長編のものより思い浮かべる像の輪郭がクッキリするところが好きだ。

 例えば1章の主人公が飲食店の店員で接客をする話で、2章はそのときの客が主人公になる。読んでいる私はすでに1章でその客のことを知っているので、2章の主人公=1章のあの客と認識した瞬間がなんか好きだ。一種の伏線回収なのかもしれない。

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 この「けんちゃん」という作品は、けんちゃんが主人公なのではなく、章ごとにけんちゃんに関わる4人の登場人物の主観で物語は進む。それぞれ同じ時期の話だが、物語冒頭時点で4人はお互いのことを基本的に知らない他人だ。

 その4人がけんちゃんと関わることでだんだん近づく様子を見ているとわくわくする。

 けんちゃんが怒ったり機嫌を損ねるシーンがある。直後その様子を野うさぎに例えたり、けんちゃんのシクラメンを持つ手の慎重さ描写するなど、一見ネガティブなことが起こった気がするけどユーモアでさっとくるむ感じは、こだまさんのエッセイを読んでいるときと同じような印象を受けた。主観の人物がけんちゃんを好ましく思っているんだろうなと伝わる。

 直感的に好ましく思ったのは読者の私も同じだった。

 先入観にとらわれたくなかったため、発売前に公開されていた試し読みに目を通さず、けんちゃんの公式Xアカウントもフォローしなかった。

 けんちゃんがスススッと初登場した瞬間になぜか好きになる予感がした。漫画ならよくあることだが、小説のキャラクターに好きになる予感がしたことは初めてかもしれない。私がオノマトペを好きだからだろうか。

 

 章ごとに主人公が変わるということは、短い話の中で主人公がどんな人なのか伝えなければいけない。どんな性格でどんな環境だったかなど、情報の出し方が巧みで引き付けられた。各章それぞれ面白かったんだけど、4人のうち2人が同級生だったと明かされるシーンがある。その前の段階でつながりがあったことがわかるのだが、ここが全然予想できなくて驚いた。各章がぐるっとひとつの円でつながったようだった。こだまさんミステリーも書けちゃうんじゃないかな。書いて~~~。

 最後の章でけんちゃんがいなくなってしまったとき、1章主人公の多田野が自転車で探しに行くシーンも好きだ。短い文が続き、必死でペダルをこいでいることが伝わる。このとき自分が自転車をこいでるような気もしたし、自転車をこぐ多田野の左側を至近距離で追っているような気にもなった。読書って主観と客観を同時に味わえる不思議な体験ができるところがいいとこだよね~。

 

 あとデザインで気が付いたのが、文字フォントがなんか他の小説より太いなと気づく。もしかしてと思ってデビュー作の夫のちんぽが入らないも確認したら、同じようにちょっと太い気がする。扶桑社の本ってみんなそうなのだろうか?我が家に小説は文庫しかなく、他と比較して確認できなかった。ちょうど図書館で借りているのもエッセイやノンフィクションばかりだ。ちょっと太いと手書き感が出てそういえばこだまさん書道教室通ってたよなァなんてことを思い出した。

 

 1月22日の池袋ジュンク堂のイベントに参加し、久々にこだまさんに会えた時は嬉しかった。以前、夫のちんぽ発売後のイベントで「次回作は?」という質問に「けんちゃんについての小説を書こうと思っている」という回答にすごく心が躍ったのがついこの前のことみたいだ。

 発売本当におめでとうございます!!たくさん売れますようにと願いをこめての感想でした。

 

 

 

 

 

3ヶ月後にはわすれていそうなこと

f:id:namidamenoo:20250926231721j:image静岡と神奈川で育って実家を出たのち山形と宮城で14年間過ごした。

先月から東京に住むことになって首都圏に戻ってきたけどまだ全然なじんでいない。

あと3ヶ月もすれば忘れてしまいそうな感覚をちょっとメモ的に残しておこうと思う。

 

・歩行者が多い

→電車あるもんね、車社会とはそら違うよね

・自転車が多い

→後ろからビュンってくるチャリに何度もぶつかりそうになっている

・歩いていると突然下水や生ごみの臭いがする

→飲食店とかゴミ捨て場があるわけじゃないのに突然の「プ〜ン」に戸惑う

・まじでマンションが多い

→この道の表にも一本路地入ったところにもずっとマンション並んでて何人住んでんだよといつも新鮮に思う

・30分歩くと2駅分は歩ける

→山形いた時代の最寄り駅までと同じ時間歩いて二駅なのおもろ

・ハンズフリーで電話してる人しかいない

→もうもしもしスタイルやめたんか?

・信号が青になったのにスマホみてて気づかない人多すぎ

→これが一番びっくりしたかも。まじで多い

・繁盛商店街とシャッター商店街の落差が大きい

→最寄り駅は半分がシャッターしまっる商店街

・でも意外とたばこ屋さんが田舎より営業している

→山形では永久にシャッター閉じたままなのに都会はどこも営業している

・小松菜が苦い

→これまじでなんで?排気ガスとかそういうこと?

 

田舎ならハロワで仕事探すだけでオールオッケーだったのに

都会は選択肢がありすぎてイヤッて心のちいかわが出てきて毎日鼻くそほじってる。

働きたくねえな〜ーー〜

映画ドラえもんのび太の絵世界物語 感想

今回のドラ映画の評判がえらいよかったので、今月中に使わなきゃならないチケットを使いたかったのもあって観てきた。

どえらいどえらいいい映画だった。おいおい泣いた。ネタバレとか気にせず思ったことをとにかく書きたくなったので書く。

 

・特典が漫画なのがうれしい

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特典なにもチェックしてなかったのでとてもうれしい。

名作まんがセレクションということで、映画に登場したひみつ道具が載ってる原作を収録してくれている。

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写真じゃ伝わらないかもだけどコミックスとは別の紙を使ってて、それが自分が子供の時買ってたりぼんなどの月刊誌を思いだす素材でうれしい。

 

・オープニングでムンクやミュシャ、葛飾北斎など有名絵画とのコラボ

私でも見たことある超有名絵画とドラえもんのキャラクターたちがコラボするオープニングでぶち上がる。絵を見ることが好きでたまに美術館に行くが、歴史や作者について詳しくはほとんどわからないし調べもしない。美大生漫画のブルーピリオドは毎月楽しみにしている。こんな感じで知識もなんもないが、なんとなく好きというだけで、見たことある絵の中にドラえもんたちが入り込むとこんなにも嬉しい。キャラクターのタッチもそれぞれの絵に寄せられてて見ごたえがある。何度でもみたいオープニングだった。

 

・異文化を素直に受け止めるのび太

13世紀のヨーロッパが舞台のため、私たちが絵の具と聞いて想像するチューブのものはまだ存在していない。この世界で出会った絵師志望のマイロが絵を描いている途中に卵を割り、興味津々で「お腹すいたの?」と聞くのび太。マイロは笑って「違うよ」と答え、色のついた粉と卵黄を混ぜた。これがこの時代の絵の具だった。私は思わず食べ物使うのか…とウゲゲ的なノリで見てしまっていたが、のび太はそうなんだーとそれ以上の興味は示していなかった。お腹すいたの?ってさっき食いついていた興味はもうどこにもなく、異文化を即受け入れていた。ああのび太って確かにいつも相手をものすごい速さで受け入れるから、映画のオリキャラはみんなのび太に心を開くんだよなと改めて気づく。その素直さが眩しくて涙がずっと止まらなかった。

 

・「いい絵とは何か?」の問いとその答え

この映画のテーマでいい絵とは?があった。映画冒頭に夏休みの宿題でパパの絵を描いたのび太は、上手く描けないと絵を投げ出す。その後に絵の上手なマイロに出会い、どうやったら上手く描けるか問う。「上手い下手は重要じゃなくて、大好きな人を大好きって気持ちをこめて描けばいいよ」とアドバイスを聞いて半信半疑なのび太。でも迷わず青のクレヨンを手に取ったのび太を見た瞬間号泣してしまった。描く前からドラえもんを描くことがわかったからだ。この時点ではまだ上手くかけるほうがきっといいって思ってたかもしれない。でもドラえもんすぐ描くじゃん、おまえ〜〜で咽び泣く。またのび太の描いたドラえもんのへたかわいさが絶妙でかなり愛おしいので刮目した。いい絵とは何か?の答えがラスボスを倒すことに繋がっているような気もした。

 

・のび太が描いたへたっぴドラえもんと邂逅

今回のメインひみつ道具であるはいりこみライトを使って、のび太が描いたへたっぴドラえもんと邂逅するシーンがある。言葉もちゃんと話せないし、タケコプターはぐにゃぐにゃ。でも可愛くて涙が出る。会えてよかったねってこちらは感動しているのに、当の本人たちはそんなに感動していない。「ボクが描いたから下手であたりまえだよね」なんてのび太はヘラヘラしている。それをまるっと含めてとてもいいシーンだった。このシーン、ラスボスと戦いの真っ最中の出来事なんだけど、絵師のマイロがラスボスの攻撃から必死に絵を守ってくれてるからこそ成立していた。他者が描いた絵も命懸けで守るいいやつマイロ…

 

・エンディングでパパがのび太のへたっぴな絵を褒める

映画を観る前にたまたまこのツイから漫画を読んでいて、パパが画家志望なことを知る。

https://x.com/doraemonchannel/status/1901060849596305545?s=61&t=66zF-hGbgYK-4CWKiHTV2Q

ラストになんやかんやあってテレビに映ったのび太のへたっぴドラえもんの絵をパパが褒める。テレビに出てる専門家らしき人物は「価値がないですねえ」なんてバカにしてる感じなのに、パパはのび太が描いたとは知らずに、「大好きな絵が伝わるいい絵だね」と言う。原作漫画の方では、のび太がパパが描いたとは知らずにパパの絵を選ぶシーンとリンクする。ちょっと泣きすぎてて映画でのび太がどんなリアクションだったわからないけど、冒頭とは違う気持ちで夏休みの宿題の絵に取り組めていたらいいなと思う。

 

いい絵とは何かについてのび太より映画を観た人たちの方が刺さっていそうなのがちょっと面白かった。

大人はもちろんそうだけど、世の中のたくさんの子供たちに伝わってくれればいいなと思う。

あとBGMがかなりよかったので映画館で観ることをおすすめします。へたっぴドラえもんが出てくるシーンのBGMもかなりかわいい。

 

今回の監督が寺本幸代さんはひみつ道具博物館も担当していたのでそっちも観よう。

 

あったらいいのにな

雪は基本嫌いだ。雪のせいで日課にしたいラジオを聞きながら散歩が全然できなくなる。雪の良い所はひとつ、動物の足跡がくっきり見える所しかない。雪国に住み始めた当初は雪かきが本当に嫌いで、このくらいならしなくても大丈夫と言い聞かせてやり過ごしていた。駐車場は荒れどんどん車が停めにくくなった。普段より早く起きて出勤直前に車の雪をはらう作業も本当に嫌だ。寒い冬は早起きがしんどい。

しかし数年前に雪かきのことを「雪の教育」や「雪にわからせてやる」と我が家で言い始めるようになると雪かきが嫌な気持ちがスッとなくなった。なぜ。雪かきも掃除の一種でまめにやる方が楽だ。仕事中も帰ったらわからせてやるからな、と雪かきのことばかり考える。散歩ができない分雪かきをして運動をしたことにすると精神状態も良くなる気がした。雪国に住んでいるとはいえ、超豪雪地帯ではないので毎日教育の必要があるわけではない。だから雪が常に積もっている5メートル四方の土地があったらいいのにな。なるべく毎日教育したいけど身体がしんどい日もときにはあるだろうから積もりすぎても誰にも迷惑のかけない立地でかつ我が家からも近い土地。雪の質はあまり水分を含んでいないふわっとしたものだといいな。いろんな動物が足跡をつけてくれるとなお良いんだよな。

記憶を食むを読んでからの挙手

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 著者僕のマリの記憶を食むを読んだ。

 裏表紙のこの犬最高。

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 食に関するエッセイをまとめたものでありながら味わいよりもその時の気分や記憶に重心があったように思う。そこがすごく好きだと思った。

 序盤の「朝食のピザトースト」のある一文がブッ刺さってしまい、本を閉じてしばらく俯いてしくしく泣いてしまった。落ち着いてから再び本を開く。読み進めると「アッパッパ」という単語が出てきた。女性が着るワンピースのことらしい。そういえば自分の母親もなんか適当な服のことをオッペケペと言っていたなあと思い出し、西の方の方言なのかなと思い検索をするとオッペケペー節という歌しかでてこない。記憶違いだったのかも。感覚で物事を捉える傾向にあるので、すぐふーんそんな感じねとわかった気になることが多く、記憶違いもしょっちゅうある。その点僕マリさんの記憶力はすごい。エッセイを書くことにおいて必須なパラメーターだと思う。私はなにかのきっかけである事象を思い出しかけた時、ああこれ知ってるな、とすぐすべて把握した気になって思考を止めてしまう。そのせいで同じ本を何度も読むことができなくなった。よくない。

 ファミマの入店音が「お前も死ぬ、みんな死ぬ」と聞こえたと記載があった。私の耳にもそう聞こえるようになってしまった。我が家はファミマにしょっちゅう行く習慣がある。なぜならファミペイアプリを使うとお得に商品を購入できる機会が多いからだ。得をすることや、得をすることが好きな人のことを私の配偶者は「やっこ」と呼んでいる。なんか配偶者の地元の方言らしい。この家の世帯主が「やっこ」ならば家人の私もどんどん「やっこ」に染まっていく。ファミマに行く。

「お前も死ぬ、みんな死ぬ」

 得をする代償に誰も変えられない真実を毎回浴びる。

 

 著者は最近野球に興味をもったようだが、私もここ数年で野球に興味を持った。スポーツから縁遠い人生だったけど、楽天スタジアムが割と近いため試合をよく観に行くようになった。行けない日はアプリで観戦している。選手の顔と名前より先に登場曲を覚えた。でかい球場で聴く歌は最高。当時浅村栄斗選手が登場曲にAdoを使っていた影響でAdoを好きになったこともあった。

 あと「明日のパン」という単語に著者の配偶者が笑ったと記載があったが、私は「明日のパン」と聞いて懐かしい気持ちになった。今度こそ母がよく言っていたのである。実家の母も関西人だった。ただ自分が結婚してから10年以上家にオーブントースターを置いていなかったので食パンを食べる機会が少なく、「明日のパン」と発言したことは全くなかったが、実家ではよく聞いていたし私もよく言っていた。「明日のパン」なんて全国どこでもなじみのある単語だと思っていたので、「明日のパン」がおもしろに聞こえる人もいるんだと知る。家を出て初めてわかることって大抵興味深い。

 私が一方的に著者のことが好きなのでこの本を読んで自分との共通点を見つけるとはいはい私も!!と挙手をしたい気持ちになる。もし目の前に僕マリさんがいたらと想像すると「アノ…エト…」と私がちいかわおばさんになってしまうことは間違いないのだが、 文章上なら挙手したっていいよね。今回もすんごく面白かった!