凍てつきし我が青春の日々⑥

昭和19年12月5日(火)曇時々晴 寒し(昨日よりもやや暖かい)

今朝は舎外掃除当番であつたので、駆け足はしなくて済んだ。益々寒くなつて来る。軍隊は家庭と違って、寒くても暖かくする方法はない。初めての冬を軍隊で送る。こんな時には家庭が恋しくなるのも無理からぬ話である。

今日は噂に聞いたことであるが、昭和18年1月の第一回の補充兵がこの12月に招集解除となるとか。信ずべきかどうかは全く不明であるが、火の無い所には煙は立たずの諺が有るように、全然根拠の無いものとは思いたくない。応召以来2年経過した補充兵が解除になったら、我々も張り合いがあって良いと思う。

今日は何故こんな夢物語の様な果敢まい話に気を取られて、心が動揺するのであろうか。応召当時のあの感激を忘れ去ったのか。何と言って故郷を出てきたか。未だ娑婆気がなくならないのが、残念に思える。未だ未だ真の軍人に成り切れないのだ。ああ自分も普通の凡人と何ら変わるところがない。しかし如何なる人も自分と同じ考えを持って居ることには変わるりないと思う。未だ海軍に入つてから僅か半年を少し過ぎた位だ。考えると六ヶ月は短いようで非常に長く感じた。社会と異なった軍隊生活に応召前は憧れた事もあつた。然し一旦軍隊に入ってからは、こんなにも軍隊は気を使い、特に自分如き一等兵は下級の者もいた時は種々不平不満もあったが、軍隊に比べると、それは唯「贅沢」とゆう一語に尽きる。今まで何の気苦労も無しに平凡に送って来た半生がこんな気持ちにさせるのだろうか。私は考える。もっと人間とゆうものを錬磨しなければならない。本当の軍人に成り切らなければならない。軍人精神の高揚に努めよう。

只今は経理術の講習員として、毎日座学に時を過ごしておるが、自分にはこんな掌経理兵の仕事は何だか不向きの様に考えられて仕方がない。然しこれも自分に与えられた任務である。最後まで頑張らなければならないと思う。

昭和19年12月6日(水)雨

夜中割合に暖かいと思って居たらやはり雨が降っている。今朝は総員で掃除をする。雨の日の食事当番は辛い。飯の量が毎日非常に少ないのにはさすがの自分も閉口する。東京に居た頃は下宿の小母さんのお蔭で、何の不自由も無く、一度も飢じい思いをしたことがなく、毎日美味しくご飯を頂いておつた頃が懐かしい。

こんなに毎日飯が少ないと、段々痩せて行く様な気がする。加ふるに終始気を使う気苦労が自分の肉体を益々弱めつつある様だ。

数十日前に引いた風邪が未だ治らない。

上等兵はいやに威張って、何もしようとはしない。何でも一等兵にやらせて、自分等は文句を言って、見ているだけだ。こんな状態が所謂軍隊と言うものであろうか。自分はいささか疑う。自分は飯配りをするために海軍に入ったのではない。何が上等兵だ。馬鹿でも月日が経てば上等兵になるのだ。海軍には親しみと言うものがない。こんなことでは軍隊は成り立たないと思う。上下が一致協力して、その本分を尽くしてこそ強い帝国海軍が出来上がると思う。